外交の戦略と志―前外務事務次官谷内正太郎は語る―
1.外交の基本は国益追求
(1)40 年間、基本的に自分が考えていた問題意識はそんなに変わっていない。
第1 に、外交の基本は国際舞台で国益を追求することだということだ。
ただし、自国だけ良ければいいという近視眼的なやり方では、国益を守るつもりでも守れないし、伸ばすものも伸ばせない。
国際公益との整合性を保ちながら、国益を追求することが基本だ。
英語では「エンライトンド・セルフインタレスト」、つまり「啓かれた利益の追求」と言ったりする。
さらにいえば、国益の中核にあるのは安全保障であり、安全保障とは突き詰めれば「国民の生命と財産を守る」ことだ。
そこが大事という問題意識は変わっていない。
(2)第2 に、先にちょっと触れたが、外務省の宿弊である「事なかれ主義」を、打破しなければならないということだった。
日本がまだ国力がそれほどなかったときは、事なかれ主義で、頭を低くして、トラブルには首を突っ込まない、余計なことはしない、受け身でいいということでよかったと思うが、今やそれは許されない。許されなくなって、もう長いこと経つと思う。
国家が発展し、国力が増大すれば、それに伴って国際的な責任も増え、期待も高まる。
その国家がさらに「大国」として成長するには、国際的な関わりを増強する必要がある。
国民はその動きを支持し、自らも参加し、さらには外国から一定の敬意を受けたいと思うようになる。
それを可能にするのは事なかれ主義ではなく、積極主義である。
私が次官になって訴えたのは「攻めの外交」であった。
時には大胆な決断をし、世界史の創造に積極的に関わっていく、歴史を切り開いていくという気概も必要だ。
それと同時に、日本は外交の基本の一貫性、継続性を守っていくことも重要だ。
米ソ冷戦崩壊後の1990 年代、いわゆる「失われた10 年」の間、日本では7 人の首相が登場し、その度、外国人からは「首相が代わったら外交政策は変わるのか」ということをよく聞かれた。
そのときに私は「首相が代わったからといって国益まで変わるわけではないのだから、外交の基本的方向は一貫性をもって継続される」と答えてきた。
だから、「政治」がいかに変わろうとも、その一貫性を保つということが、外交事務当局の重要な存在理由にもなっている。
第3 にますます重要性を増しているのは、「国民とともに歩む外交」という視点である。
外務省はよく目線が高いとか、国民から遊離していると言われてきた。
他国でもこのような外務省批判はよく聞くところだが、拉致問題が注目されてからは、特にわれわれが心がけなくてはいけないことだと痛感している。
2.責任はすべてとる
(1)私は外務事務次官に就任するにあたり、国民に信頼される外務省にしたいと強く思った。
私自身は仕事をするときは7 割か8 割の力を出して、残りは温存しておいて、緊急事態に使えるようにしたいと思いたがる性質なのだが、次官になったときはともかく一球一球をおろそかにせず、全力投球でいこうと思った。
勝海舟の言葉に「事いまだ成らず小心翼々事まさに成らんとす大胆不敵事すでに成る油断大敵」というものがある。
(2)心がけようとしたのがそれで、外交政策に取り組むにあたって、準備するときは小心翼々、つまりどんな問題点があるんだろうか、どんな反応があるだろうかということを真剣かつ慎重に検討する。
ここが勝負所だというときは大胆不敵に決断し、実行する。
事すでに成ったときは勝って兜の尾を締める、油断大敵の心構えである。
仮にうまくいかなかったときは、責任をとるという覚悟でやってきた。
(3)ただ、次官は事務当局の最高責任者だから、目を吊り上げて髪を振り乱してという姿は、部下を当惑させ、不安がらせるだけなので、余裕のあるような態度をとるようにはしていた。
しかし、次官をやること自体が自分にとっては勝負所だったので、実際はただただ一生懸命だった。
(4)最初の頃は信頼しているある部下から
「外務省員は次官をクールな目で見てますよ。お手並み拝見という感じです」
と言われた。
自分ではまず自分自身が意欲を持って仕事に取り組み、外務省全体の責任はすべて自分がとるということ以外にないと思っていた。
(5)だから平成17 年1 月4 日に次官に就任した際、全省員に対するあいさつの中で
「事務当局の最高責任者としてみなさんがやったことについてはすべて責任はとります。
その覚悟でここに立っているつもりです。
一緒に頑張ってやっていきたいと思います。」
と言った。
それをずっと心がけてきたつもりで、段々とみんなが意欲的になってきた、省内が明るくなってきたという印象があった。
そういう意味で自分が心がけてきたことを、みんなが理解してくれてよく頑張ってくれたと思う。
外交官は国益のために自分の将来を計算に入れずに仕事をしなければならない。
いろいろと心ない批判を受けることがあっても、「恐れず、めげず、屈せず」に「しなやかに、したたかに、信念を持って」仕事をすべきだ。
P24 ~ 27
[コメント]
外交の基本は国家の安全保障との使命を明確に自覚して、日本の外交官のリーダー役を果たされた谷内氏の本著は、動揺に次ぐ動揺を重ねる近時の日本外交に一定の方向を与えるものでとても参考になる。
外交官だけでなく企業や行政のリーダー論としても大いに学ばせて頂きたいと考える。
- 2011 年1 月2 日林明夫記-
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